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お金と私

こんにちは、L.P.@フィリピンセブ島です。
またしても、しばらくさぼってしまいました。

10日ほどの日本滞在では、2日間の諸富先生のW/S、2夜連続、合計6時間以上に渡る個人セッション、本田健さんセミナーで出会ったすばらしい仲間との勉強会、実家への帰省と慌ただしく過ごしていました。

さて、今日は本田健さんセミナーで出会った仲間との勉強会での内容についてです。勉強会は、お金のEQ:「あなたのお金の履歴書」~人生に影響を与えたお金のドラマ~と題したものでした。

この勉強会では、毎回宿題というか、テーマをあらかじめ用意し、参加者が自らの体験に即した考えを発表し、お互いに質問やコメントにより深めていくという形式でやっています。

今回も、同様に宿題が用意されましたので、その内容をこの場でシェアしたいと思います。

ちなみに、自分はお金というものにとっても
執着や怖れを抱いていると思います。

今回、事前に宿題を準備しながら、改めて自分とお金のこれまでの関係について思い起こすことができ、とても良い経験となりました。また、参加した仲間たちのお金にまつわる人生のドラマというものも、とても興味深い内容で、自分も含めてお金というものとの関係は人生や仕事に大きな影響を与えているんだということを改めて実感しました。

特に、現在の自分にとって、お金を稼ぐということが、エゴ、ライフワーク、自己成長と複雑にからみつき、訳が分からない状況になっています。

中でも、「個人セッション」を今後のライフワークとし、それで生計を立てていきたいという思いが、大きな夢であると同時に大きなブレーキとなっている部分を感じています。

例えば、個人セッションで高額な報酬を得たいと思う気持ちは、ある種の自信であると同時に、優越意識、プライドというエゴでもあると思っています。しかし、自分なりにそれなりの覚悟や責任の現れでもあるという部分や、それに伴う勇気や挑戦でもあります。

また一方で、最近スピリチュアル、精神世界、霊的世界、真理の探究という方向に傾倒する中で、自分の能力というものは報酬を受け取ってはいけない、そして報酬を受け取ることによって、エゴが増大し、能力を失うばかりか、自己成長が退化していくのではないかと考えるようになりました。

ということで、本田健さんがいうところの「幸せな小金持ち」には未だほど遠い状況で、このあたりの囚われをすっきり整理するにはまだまだ試練が山積みです。

特に答えが出たということではありませんが、まずは自分自身を振り返るという意味で、以下の宿題をシェアさせて頂きます。

> 生まれた頃、家の経済状態はどうでしたか。
父は大手石油商社のサラリーマンだったので、今振り返れば、収入的にはサラリーマンの中の上か上の下くらいだったと思う。
しかし子供の頃、うちは貧乏だといわれていたので貧乏とまでは思わなかったが決してお金持ちだと思っていなかった。

> 生まれた頃、両親はお金についてどう感じていたと思いますか。
父は、不明。母曰く、飲んだり、ゴルフしたり浪費していたとのこと。貯蓄していたと思ったら給料を勝手に使い込んでいたことがあったらしい。
母は、貧しく苦労が多かったため、お金に対する執着があり倹約家(ケチ)だったと思う。
母は武家の生まれで、祖母(母の母)は武家屋敷に住んでいたとのこと。何代前か分からないが、昔は他人の敷地を踏むことなくどこにも行ける程土地を持っていたが、ある代の人が全て使い込んでしまい、ほとんど土地が無くなってしまったとのこと。
また、武家屋敷は戦争で焼かれ、その後住んだ家も焼かれた。母曰く、戦争で2度も家を失う人はあまりいないとのこと。よって、一文無し(かどうかは不明だが)に近い状態で、苦労をした。
祖母(生きていれば100歳以上)は当時ではかなり珍しく女学校に通っており、親戚も医者など立派な人ばかりだったとのこと。
しかし、末っ子の母は、祖父(母の父)が高校時代に亡くなったため、自分は頭が良かったが大学に行くことができず高卒だったとのこと。
父も母も職場結婚で、同僚の多くは東大か慶応という会社に2人とも高卒入社したため、父は会社での苦労が多かったとのこと。
当然、父は出世できず、大卒の同僚に比べれば給料が低いため、ひがみ、うらやみ、悔しさがあった。
母は、大学に行くためのお金は惜しまないので、自分は母親として財産は残さないがあなたの頭に財産を残してやるというのが口癖だった。そして、そのために自分は倹約し、貯金した。子供3人は全て私立大学で下宿暮らし。

> 小さい頃、両親はお金とどう付き合ってきましたか。
母は、無駄使いを徹底的に排除し、倹約家(ケチ?)だった。
父は、浪費家だったらしいが、子供の頃は全く分からなかった。

> 小さい頃(10歳くらいまで)お金に関して思い出すドラマはありますか。
そのような家庭環境で育ったため、これまで、お小遣いをもらったことがない。
欲しいと希望したことも無かったことと、必要なとき必要なだけもらっていたので特に困ることはなかった。
自分自身、倹約家で無駄遣いはほとんどしなかったので、お金もさほど必要なかった。
お年玉を貯金するのが好きだった。
一方、貯金でラジコンなど高額なものを買うことがあった。

> その時あなたは「お金って~ものだ」と決めました。それは何ですか。
無駄遣いしてはいけない。
貯めるもの。
ケチはいけない(というより、他人にケチと思われるようなケチな態度を見せてはいけない、必要なときは気前よく振る舞わなくてはならないと教わった=つまり見栄のため)

> 小中学生の頃、あなたのお金の人生に影響を与えた友人はどんな人でしたか。
お金ということではないが、小学校5,6年の担任が人生に大きな影響を与えた。
その先生の影響か、自分で記憶がないが、小学校の頃からボランティアなどに興味を持っていたらしい。

> 小中高校生の頃、お金のドラマはありましたか。
結果、貧しい人に興味を持っていたと思われる。
偶然が重なり、大学時代は建築学科で、途上国のスラム問題を研究し、現在は発展途上国の援助の仕事をしている。

> そのドラマのためにお金に関して感じたことがありますか。
お金は卑しいという思いがどこかにある。
一方、お金持ちになりたいという思いがある。
この矛盾が心に引っかかりを産んでいる。
特に最近はじめた個人セッションでは、これでたくさん稼ぎたいという傲慢なエゴがある一方、本当に困っている人を助けることが目的であれば、お金をもらうことは考えない方がいいのではないか、お金のことを考えたら、個人セッションを通しての自己成長も止まってしまうし、そもそも自分の能力が閉ざされてしまうのではないかと感じている。
ビジョンクエストの際、突然涙が止まらなくなり、結果、執着やエゴ、憎しみなどが浄化され、平安な状態になったため、能力が開花したのであって、お金のことを考えない方がいいのではないかと感じている。
もし、自分がお金持ちになり、贅沢な暮らしや車を所有するのであれば、そのお金を貧しい人のために使った方がいいのではないかというような、罪悪感もある。
一方、自分が貧しいと思っている貧しい心を潤してやらないといけないようにも思っている。

> 仕事を選ぶ時、お金についての価値観がどのように影響を及ぼしましたか。
学生時代は、純粋な気持ちがあり、それなりにやりたいことをやり、情熱に燃えていたので気持ち的に満たされており、給料がいい会社はどうでも良かった。ひたすらやりたいことができる仕事を徹底的に研究し選んだ。
しかし、結婚し、ローンもでき、仕事へのやりがいも薄れる中、下がっていく給料をむなしく思い、お金に対する執着も増してきた。

> お金を稼ぐようになって、あなたはお金に対してどのような感情を持ちましたか。
結婚して、子供もできて、ローンもできて、男(夫、父親)として常にお金を稼がなくてはならないという義務感と不安や怖れ。

> あなたのお父さんは、お金はどういうものだと信じていたでしょうか。
不明

> あなたのお母さんは、お金はどういうものだと信じていたでしょうか。
貯めるもの
守るもの
倹約するもの
奪われるかもしれないもの
無いと、大学にも行けない、人生でみじめな思いをしたり苦労する

以上です。
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テーマ : 自己啓発・能力開発 - ジャンル : 学校・教育

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           L.P. (Learning Process)             

Author:           L.P. (Learning Process)             
日々、自分の人間性を高めていくために奮闘している中年男です。

2007年、会社でパワーハラスメントを受け、カウンセリングに通う。
これを機に自分を見つめ直し、カウンセラーから教わったT/A、アサーションをきっかけに様々な心理学、自己啓発を学び、元気を取り戻す。
自己啓発、心理学、スピリチュアルなど様々なセミナー、様々な本を読み漁るも、全く成長の実感がつかめず歳だけを取っていく。
8年後の2015年、ほんのわずかながらも成長を感じると同時に、改めて非常に時間のかかるラーニングプロセスであると実感し、今日も目に見えないながらもわずかな成長を信じて、日々のラーニングプロセスを記録としてブログに刻む。

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