スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

悟りをひらく

こんにちは、L.P.@ハノイです。
しばらく、さぼってしまいました。

この間、こちらに来てから何冊か本を読みましたが、中でも

「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」
と、
「あるヨギの自叙伝」

さとりをひらくと人生はシンプルで楽になるさとりをひらくと人生はシンプルで楽になる
(2002/06)
エックハルト・トールEckhart Tolle

商品詳細を見る



あるヨギの自叙伝あるヨギの自叙伝
(1983/09)
パラマハンサ・ヨガナンダ

商品詳細を見る


は、なかなか衝撃的でした。

最近、何となく分かりかけてはいたものの、この本を読んで分かったことがあります。

それは、
「自分は悟りをひらいていた」ということです。

こうやって書くと、何を言っているんだといわれる声が聞こえてきます。まさにその通り、何を高慢なことを言っているんだと自分でも思います。

今、自分は悟りの境地にいるかというと、そうではありません。

しかし、去年の11月、ビジョンクエストに参加し、とつぜん涙が止まらなくなったとき、実は、悟りをひらいた状況にあったのだということがようやくながら分かりました。

これらの本などから最近知ったことは、悟りをひらくということは、完成された完璧な人間になるというゴールというか最終形ということではなく、ある種の成長の段階というか、何度も何度も経験していくことなんだということ。

したがって、私にとっては悟りの第一歩だったということだと思っています。

そして、悟りをひらいた状態とそうではない普通の状態を人はいったり来たりして、より悟りをひらいた状態というのは、悟りをひらいた状態がそうではない状態の時間よりより長い状態になることだという。

すると、今の自分はだんだんと普通の状態が長くなって、ただの凡人に逆戻りしてしまったように思う。

ビジョンクエストで、本田健さんから、「平安を求めると平安から外に出てしまいます。あなたは今、平安の中にいます」と言われたとき、ある種の悟りをひらいた状態だったと思う。

しかし、今振り返るに、折角、
悟りをひらいた=平安になった=エゴを浄化した=自分を許した=癒された状態になった
のに、その後の行動に2つの大きな反省がある。

ひとつは、エゴが浄化された部分に作り出された心の隙間・空間を感謝や愛の気持ちで十分に埋め尽くすことができなかったこと。なので、もともとあったネガティブな感情が一部よみがえってしまったと思っています。もっとも、前よりはいい状態だと思っていますが。

斎藤一人さんの「地球が天国になる話」のCDをここハノイでも何度も聞いているのですが、この中でこのことを指摘しています。このCDでは、コンプレックスという切り口で話が展開するのですが、コンプレックスに気づき、コンプレックスを消し去った空間に愛や感謝の言葉を注いで、再びコンプレックスが入り込まないように隙間を埋めてしまおうというものです。もっと早くこのCDに出会うべきでした。

地球が天国になる話地球が天国になる話
(2006/02)
斎藤 一人

商品詳細を見る


ふたつ目は、悟りをひらいた=平安になったことにより、人の心が看えるようになったというある種の特殊能力に気持ちがフォーカスし、エゴが増加したことです。

悟りをひらき=平安になり、そのこと、その状態に感謝し、そして愛の気持ちをより多く感じることができれば良かったのですが、その当時は悟りや平安といったものを全く理解していなかったため、それに付随して現れた能力の方に目がいってしまい、そのことの方に自分自身がびっくりして酔いしれていた面があったと思います。

結果的にその能力をどのように活用しようか、どうやってこれをビジネスに結びつけようかというようなエゴが大きくなり、結果的にかなりの部分ただの凡人に逆戻りしてしまったと感じています。

今ならきっと、悟りをひらいたこと=平安になったことに大いなる喜びと驚き、そして感謝することができると思うのですが。。。

そして、「あるヨギの自叙伝」に何度も出てくる話ですが、修行をしているといろいろな特殊能力が現れることがある。しかし、その能力が現れたことが成長したこと、悟りをひらいたこととは直接的に結びつかない。むしろその能力を悪いことに使う人もいると。
そして、特殊能力を身につけることが目的ではなく、成長すること、悟りをひらくこと、解脱することが目的で修行するのだということ。(ちなみに、この本では何千年も生きる大師や肉体を2つ持ったり、未来を予言したり、物質を作り出したりと信じがたい話しが出てきます)

自分の場合、平安になったことにより、きっと心が研ぎ澄まされて、人の心が看えるという能力が現れたと思うが、悪用したわけではないにせよ、そのことに気持ちがフォーカスしていたというのは、本末転倒な話しだと思う。

ただし、ひとときではあれ悟りの状況、平安な状況というものを体で理解できたということは、自分にとって大きな収穫であり、大きな成長であったと思っています。

あの時感じたことを、かつてブログ(平安・ビジョンクエスト)にこう表現しています。

義母に対する怒りや憎しみというものがすーっと鎮まり、そもそも「何を許すんですか?」というような、そんな状況になった。
それまでは、「許さなくては」という意気込みだけが先行して、何とかこのセミナーで許せるような寛容な自分になるぞとか、そういった思いがあったが、全く逆に、そのような怒りや憎しみを感じられなくなり、それまで持っていた強いエネルギー、パワーというものが鎮まっていった。

今は、かなり平安な状況から遠のいてしまったように思いますが、これまで勉強してきたことや、「個人セッション」を経験する中で、自分なりに成長を感じられる面もあります。

「さとりをひらくと人生はシンプルで楽になる」にこんな一節があります。

自由への第一歩は、自分の思考は、「本当の自分」ではない、と気づくことから始まります。そう気づくと、「思考を客観的に眺める」ことができるようになります。

この本では、自分の思考を客観的に眺めることにより、自分のエゴを排除し、「今ここに在る」と感じることにより悟りをひらくと説いています。

2度目の悟りをひらいたという状況には未だ遭遇していませんが、自分の思考や感情を客観的に眺めることは以前と比較すると格段にできるようになったと思っています。というか以前は全くそのようなことはしていませんでしたので、そういったことができるようになったこと自体、すばらしい成長だと思っています。

とはいえ、なかなか自分のことはわかりにくい面があり、なかなか難しいところではありますが、日々成長していけるよう精進したいと思います。




スポンサーサイト

テーマ : 自己啓発・能力開発 - ジャンル : 学校・教育

COMMENTS

COMMENT FORM

管理者にだけ表示を許可する

TRACKBACK


この記事にトラックバックする (FC2 blog user only!)

FC2カウンター
Calendar
Sun Mon Tue Wed Thu Fri Sat
- 1 2 3 4 5 6
7 8 9 10 11 12 13
14 15 16 17 18 19 20
21 22 23 24 25 26 27
28 29 30 31 - - -
最近の記事
最近のコメント
最近のトラックバック
月別アーカイブ
カテゴリー
プロフィール

           L.P. (Learning Process)             

Author:           L.P. (Learning Process)             
日々、自分の人間性を高めていくために奮闘している中年男です。

2007年、会社でパワーハラスメントを受け、カウンセリングに通う。
これを機に自分を見つめ直し、カウンセラーから教わったT/A、アサーションをきっかけに様々な心理学、自己啓発を学び、元気を取り戻す。
自己啓発、心理学、スピリチュアルなど様々なセミナー、様々な本を読み漁るも、全く成長の実感がつかめず歳だけを取っていく。
8年後の2015年、ほんのわずかながらも成長を感じると同時に、改めて非常に時間のかかるラーニングプロセスであると実感し、今日も目に見えないながらもわずかな成長を信じて、日々のラーニングプロセスを記録としてブログに刻む。

ブログ内検索
RSSフィード
リンク
ブロとも申請フォーム

この人とブロともになる

pepos
上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。