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アサーション

こんにちはL.P.です。
「アサーション=Assertion」って意味、知っていますか?恥ずかしながら私は知りませんでした。Assertionとは主張という意味だそうです。
カウンセリングを受けた時、最初に紹介されたのがこのアサーションです。
早速帰りがけに本屋に直行し、薦められた本を買いました。
アサーショントレーニング―さわやかな「自己表現」のためにアサーショントレーニング―さわやかな「自己表現」のために
(1993/10)
平木 典子

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「アサーショントレーニング -さわやかな<自己表現>のために」
著者:平木典子; 発行元:金子書房

この本は「主張しましょう」という本です。「えっ!?」とか「はぁ?」とか思う人もいるかもしれません。
帰りの電車でもうびっくり。胸元をぐさりと突かれたような衝撃で、蛍光ペンで真っ赤っかにしちゃいました。
とても読みやすい本ですので、おすすめです。

早速ですが質問です。銀座のレストランに田舎から上京してきた旧友を招待し、ステーキをレアの焼き具合で注文しました。しかし、ウェイターが運んできたのはよく焼けたウェルダンのステーキでした。さて、あなたならどうしますか?
A. えっ!と思いつつも、ウェイターに笑顔で受け応えする。
B. ウェイターを呼びつけ、大声で怒鳴り、注文通りのステーキを要求する。
C. ウェイターを呼び、自分はレアで注文したこと、しかしウェルダンであることを伝え、ていねいに、しかしはっきりとレアのステーキに取りかえてほしいと頼む。

Aの対応をしたり、あるいは大声で怒鳴ったりはしなくとも「間違いやがって」といった態度のBの対応をする人は結構いるのではないでしょうか? 私の場合はAだったりBだったりすることがあるように思います。
Aの対応をする場合、せっかくのステーキはまずく、友人を誘ってきたのに注文し直さなかったことを後悔します。このような態度を非主張的自己表現(ノンアサーティブ)と呼び、非主張的な言動の後にはみじめな思いや、注文し直せば良かったという未練が残ります。さらに悪いと思って黙って引いてあげたんだという恩着せがましい思いや、人の気も知らないでという恨みがましい気持ちが残り、相手に対して軽蔑の気持ちを持ったりします。
Bの対応をする場合、最終的に注文通りのステーキがきたものの、怒鳴ったことで気まずい雰囲気になり、せっかくの旧友との再会も気分は台無しになってしまう。このような態度を攻撃的自己表現(アグレッシブ)と呼び、ウェイターも侮辱された感じがして、不愉快に思う。
Cの対応をする場合、ウェイターは間違いを謝り、注文通りのステーキを運んでくれる。本人も満足し、ウェイターも客が満足したことで気分がいい。このような態度をアサーティブな自己表現と呼びます。
非主張的自己表現は、一見相手をたてているようですが、自分の気持ちに不正直で、結果的に相手に対しても不誠実な態度になってしまいます。相手がウェイターではなく、会社の同僚であった場合、譲ってあげたんだという気持ちが態度に出たり、ある時、我慢していた気持ちが爆発して攻撃的になったりするようです。また嫌々誘われて飲みに行くと、自分も楽しくなく、その態度が相手に対して不誠実で相手も楽しくない。一般にこのような人は自己否定的で、自尊心が低く、いつも不安で緊張の高い生活を送っているそうです。
攻撃的自己表現はいうまでもなく、相手の犠牲の上に立った自己表現・自己主張であり、一見表情豊かで、ハキハキものをいっているように見えますが、相手を配慮しないで自分のことだけを主張しているので、結局相手を踏みにじっていることになります。自分も結局後味が悪く、後悔の念が残り、相手も不愉快になります。一般にこのような人は堂々としているように見えるわりにどこか防衛的で必要以上に威張っていたり、愛情飢餓に陥っているそうです。
一方、アサーティブな自己表現というのは、お互いの意見が異なり、葛藤を起こすこともありますが、お互いを尊重し、お互いに素直に話して、歩み寄り、意見が合致すればラッキーだということで、本書ではアサーティブな自己表現をしましょうと促しています。
アサーティブになれないのは、自分の気持ちが把握できていなかったり、結果や周囲を気にしすぎたりするからだそうです。またこの本ではアメリカの公民権運動、キング牧師までさかのぼり、人権としてのアサーション権というところまで話がいきます。アサーション権には、以下の5つの権利があります。

A. 私たちは、誰からも尊重され、大切にしてもらう権利がある。
B. 私たちは誰もが、他人の期待に応えるかどうかなど、自分の行動を決め、それを表現し、その結果についても責任を持つ権利がある。
C. 私たちは誰でも過ちをし、それに責任を持つ権利がある。
D. 私たちには、支払いに見合ったものを得る権利がある。
E. 私たちには、自己主張しない権利もある。

ここでおもしろいのは、誰しも間違える権利があり、ゆえにやり直す権利(責任を持つ権利)があるということ、そして相手にも間違える権利があり、それを認め、尊重する、しかし自分の権利も主張する(D)というものです。

そのほか、印象に残っている点に以下があります。
・人は他人の意見・考えは変えられない。
・できること、変えられることは自分のことだけである。
・自分の行動を決める権利があるため、相手に責任転嫁する必要がなくなる(Bに関連)。つまり相手の言うことを聞くか聞かないかは自分の自由な選択であり、よって行動は自分の責任においてとられるため、その結果は自ずと自分の責任になる。

これまでアサーティブでないことが多かったなーと反省するとともに、なるほどこう考えればアサーティブになれるかなというヒントをくれた本でした。
ちなみにこのアサーティブな考え方のもとになっているもののひとつの心理学理論、心理療法に交流分析(TA:Transactional Analysis)というものがあります。アサーションに始まり交流分析にもはまってしまったので、こちらも追って是非ご紹介させていただきます。
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テーマ : 自己啓発・能力開発 - ジャンル : 学校・教育

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           L.P. (Learning Process)             

Author:           L.P. (Learning Process)             
日々、自分の人間性を高めていくために奮闘している中年男です。

2007年、会社でパワーハラスメントを受け、カウンセリングに通う。
これを機に自分を見つめ直し、カウンセラーから教わったT/A、アサーションをきっかけに様々な心理学、自己啓発を学び、元気を取り戻す。
自己啓発、心理学、スピリチュアルなど様々なセミナー、様々な本を読み漁るも、全く成長の実感がつかめず歳だけを取っていく。
8年後の2015年、ほんのわずかながらも成長を感じると同時に、改めて非常に時間のかかるラーニングプロセスであると実感し、今日も目に見えないながらもわずかな成長を信じて、日々のラーニングプロセスを記録としてブログに刻む。

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