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健康

こんにちは、L.P.@セブです。

今日は、
私の誕生日です。

あと1年で年代がかわるということで、やはり人生のひとつの大きな節目にさしかかっているのでしょうね。

今朝、フィリピン人の秘書から「A Happy Birthday」と声をかけてもらい、「Thank you」と返したのだけれど、その直後ホントにありがたい?と疑問が出た。が直後、いくつになっても健康に年を重ねていくということはやはりHappyなことなのだろうと納得した。

ここ数日、先日セッションを受けて頂いた方から頂いたメールについて考えている。メールをもらってすぐに返事を書いたけれども、まだ送っていない。毎日読み返しては修正してという感じ。

数日前から風邪気味で、昨晩は早く寝たのだが、寝床で、そのことでいろいろと思いを巡らす。体調不良もあるため、元気になって考えて、納得が行く形で送信ボタンを押せる状態になってから返事をしようと思っている。

そう考えると、思考と健康はやはりバランス良くないといけないんだなーと思う。

この1,2年、色々なことを学ぶ機会があり、自分自身大きく成長したと思っているが、考えてみれば、十数年前、社会人1年目に、心と体の問題に大きな興味・関心を抱いた。というか、そうせざるを得ない状況が自分自身にも、周りにも有り余りすぎる現実があった。自分自身、血尿が出たり、周りに自律神経失調症、その他、心の病で長期離脱する先輩、自殺する人。

ここのところ、潜在意識や自分を越えた心の領域というか魂というのか、そういうものに興味を持っているが、実は体というのは最も敏感に反応するわけだし、十数年前に学んだ大きな成果はそのことだった。

顕在意識は、仕事をがんばりたいと思って無理をするけど、潜在意識というか肉体はこれ以上酷使されると問題が生じるということで、自律神経などをおかしくして、体が動かない状況を作る。

ある意味、とても理にかなった反応である。

どこまでがホントなのかウソなのかよく分からないが、先日頂いたメールでは、「病気になったことにより、様々な気づきがあったこと、出逢いがあったこと、楽しんでいること、そしてセッションを受けて本当に良かったと思っている」ということが書かれていた。

ほんの僅かでも本当の気持ちがあるとすれば、自分にとってはせめてもの救いである。


それからもうひとつ。

最近、菅原浩さんのブログを過去からさかのぼって読んでいる。フィリピンに来てから「スピリチュアル哲学入門」を読んだ。また、先日は「魂のロゴス」を注文したので、帰国したら読もうと思っている。ちなみに、今は「アトランティスの叡智」を読んでいるが、なかなか読み進めない。まだ自分には少し早いのかもしれない。

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そんな菅原さんの古いブログを読んでいてなるほどと思ったことが、「体」の話。身体感覚が大切だということ。体で生きている実感や喜びを噛みしめることが大切で、それができていないのに下手にスピリチュアルのことを勉強しても意味がないというようなことが書かれていた。

根拠はないけど納得。もうひとつ面白い話しに、スピリチュアルな世界は、理論で納得させたり、証明したりすることはできず、結局その人が感覚的に分かるか分からないかという話し。これも、確かにという感じ。

もうひとつ面白かったのが、「占い」の話し。

菅原さんの古いブログ「美しさの中を歩め」
「占い」の一節。
・・・・・・・・・・・
ところで、「そもそも占星術って当たるの?」という素朴な疑問を持つ人もいるかもしれない。私は、当たるか当たらないかという問題設定そのものがあまりに 近代合理主義的であると考えている。べつに、当たりもはずれもしない。ただそこに現れたシンボルに自分が何を読み取るか、ということだ。占いとは「偶然と戯れる」ことであって、自我の支配権を放棄することによって、ある無意識的な直観を活性化することにある。当たるというのは占いが当てたのではなく、それを媒介として自分の直観、霊感が活性化されたのである。ユングもそう考えていたようだ。占いとは媒介であり、彼のいう「無意識の全知」へアクセスすることが問題なのだ。「無意識の全知」とは「宇宙の全知」と言いかえても同じである。占いとは「宇宙と遊ぶ」ことである。科学的予測ではなく、遊びには違いない。それを聖なる遊びとするかどうかは、やる人の深い部分がどれだけ活性化するかによる。合理主義でうめつくされたこの社会では、「宇宙と遊ぶ」ことができるスペースがたいへん少ない。占星術に興味を持つ人は、科学のようにばしばしと正確な予測をしてもらいたいのではなく(それでは別の科学ということになるが)、曖昧さや偶然と戯れ、そこに宇宙との交感を感じたい、という欲求があるのではないだろうか。「宇宙的な遊びに満ちた知のようなもの」を求める気分があるのだと思う。
・・・・・・・・・・・

いやはや、なるほどと思った。

フランクルは、常に人生から問われているという。今ある出来事が自分に対してその意味を問うているというのだ。あるいは、全ての出来事に意味があるとか、全ての出来事が人生の試練であるなどと言い換えることもできるのかもしれない。

そう考えると、今自分は何を問われているのだろうか?何を答えていかなくてはならないのだろうか?

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           L.P. (Learning Process)             

Author:           L.P. (Learning Process)             
日々、自分の人間性を高めていくために奮闘している中年男です。

2007年、会社でパワーハラスメントを受け、カウンセリングに通う。
これを機に自分を見つめ直し、カウンセラーから教わったT/A、アサーションをきっかけに様々な心理学、自己啓発を学び、元気を取り戻す。
自己啓発、心理学、スピリチュアルなど様々なセミナー、様々な本を読み漁るも、全く成長の実感がつかめず歳だけを取っていく。
8年後の2015年、ほんのわずかながらも成長を感じると同時に、改めて非常に時間のかかるラーニングプロセスであると実感し、今日も目に見えないながらもわずかな成長を信じて、日々のラーニングプロセスを記録としてブログに刻む。

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